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2010.04/17 [Sat]
2009.12.9 京都旅行 宇治...興聖寺
京都旅行2日目の平等院見学の後は宇治探索する事にしました。
平等院を出て右手の宇治川の川沿いの土手を歩くと
まだ少し残るもみじの紅葉が綺麗でした。
澄んだ川岸の空気はとてもすがすがしく川のせせらぎが気持ちよかったです。


「浮島十三重の石塔」重要文化財
京都府立宇治公園中の島に建つ「十三重石塔」は高さ約15m、
現存する日本最大の最古の石塔です。
歴史をさかのぼること720年、鎌倉時代。
奈良西大寺の高僧の叡尊によって、宇治川での殺生の罪を戒め、
供養塔として建立されました。

この橋を渡り中洲の十三重の塔を見てもう一つ向こうの橋を渡ると
対岸の宇治神社、宇治上神社、興聖寺方面へ行けます。
橋の上から澄んだ宇治川を望む事ができ
夏場には鵜飼など見たり観覧船に乗りお蕎麦など召し上がりながら
観光する事もできるようです。この辺は鮎料理も美味しいようです。

紅葉が残る興聖寺に向かう途中の道

興聖寺入り口

もみじの名所の琴坂
宇治橋東詰を川沿いに上流へ約800m、総門(石門)から琴坂(参道)を約200m登れば、
禅院、中国風竜宮造りの山門が現れます。

ここが紅葉シーズン必見です。
もう紅葉は終わりですが鳥のさえずりが和みます。

興聖寺は仏徳山と号する曹洞宗のお寺で道元禅師を開祖としています。
1236年に伏見深草に建てられたのですが途中で廃絶し、
1649年、当時の淀城主、永井尚政によって、
宇治七名園の一つの朝日茶園であった現在の場所に再興されました。
見所としては、本堂は伏見城の遺構と伝えられ、その奥に建つ天竺堂には、
宇治十帖古跡の「手習の杜」に祭られていた「手習観音」が安置されています。
参道の脇に流れる川の音が琴の音に似ていることから琴坂とよばれ
秋の紅葉のシーズンにはその美しい景観を見るため多くの人が訪れる場所になっています。
法堂(本堂)には血の手形、足跡が残る縁板が天井に使われています。



興聖寺の境内

小さなお寺ですが訪れる人の少ない時期で混雑もなく
景色と空気が澄んでいてよかったです。
平等院を出て右手の宇治川の川沿いの土手を歩くと
まだ少し残るもみじの紅葉が綺麗でした。
澄んだ川岸の空気はとてもすがすがしく川のせせらぎが気持ちよかったです。


「浮島十三重の石塔」重要文化財
京都府立宇治公園中の島に建つ「十三重石塔」は高さ約15m、
現存する日本最大の最古の石塔です。
歴史をさかのぼること720年、鎌倉時代。
奈良西大寺の高僧の叡尊によって、宇治川での殺生の罪を戒め、
供養塔として建立されました。

この橋を渡り中洲の十三重の塔を見てもう一つ向こうの橋を渡ると
対岸の宇治神社、宇治上神社、興聖寺方面へ行けます。
橋の上から澄んだ宇治川を望む事ができ
夏場には鵜飼など見たり観覧船に乗りお蕎麦など召し上がりながら
観光する事もできるようです。この辺は鮎料理も美味しいようです。

紅葉が残る興聖寺に向かう途中の道

興聖寺入り口

もみじの名所の琴坂
宇治橋東詰を川沿いに上流へ約800m、総門(石門)から琴坂(参道)を約200m登れば、
禅院、中国風竜宮造りの山門が現れます。

ここが紅葉シーズン必見です。
もう紅葉は終わりですが鳥のさえずりが和みます。

興聖寺は仏徳山と号する曹洞宗のお寺で道元禅師を開祖としています。
1236年に伏見深草に建てられたのですが途中で廃絶し、
1649年、当時の淀城主、永井尚政によって、
宇治七名園の一つの朝日茶園であった現在の場所に再興されました。
見所としては、本堂は伏見城の遺構と伝えられ、その奥に建つ天竺堂には、
宇治十帖古跡の「手習の杜」に祭られていた「手習観音」が安置されています。
参道の脇に流れる川の音が琴の音に似ていることから琴坂とよばれ
秋の紅葉のシーズンにはその美しい景観を見るため多くの人が訪れる場所になっています。
法堂(本堂)には血の手形、足跡が残る縁板が天井に使われています。



興聖寺の境内

小さなお寺ですが訪れる人の少ない時期で混雑もなく
景色と空気が澄んでいてよかったです。
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